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福岡地方裁判所久留米支部 昭和54年(ワ)39号 判決 1981年2月23日

原告

笠貢

(ほか五名)

右原告ら訴訟代理人弁護士

馬奈木昭雄

(ほか一名)

被告

福岡県魚市場株式会社

右代表者代表取締役

伊藤藤夫

右訴訟代理人弁護士

稲澤智多夫

主文

1  被告は、原告原田一雄に対し金七一四万五、〇〇〇円、同鍋島繁樹に対し金三四七万七、〇〇〇円、同上野正美に対し金七六万九、〇〇〇円、同高田晃一に対し金五一万一、〇〇〇円、同笠悟に対し金九七万八、〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和五三年九月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告原田一雄、同鍋島繁樹、同上野正美、同高田晃一、同笠悟のその余の請求及び笠貢の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用中、原告笠貢と被告との間に生じた分は同原告の負担とし、その余の原告らと被告との間に生じた分は、被告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告が、原告原田一雄に対し金三六〇万円の、同鍋島繁樹に対し金一七〇万円の、同上野正美に対し金三五万円の、同高田晃一に対し金二五万円の、同笠悟に対し金四五万円の各担保を供するときは、それぞれその原告の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告笠貢に対し金七一三万六、〇〇〇円、原告原田一雄に対し金七一四万五、〇〇〇円、原告鍋島繁樹に対し金三四七万七、〇〇〇円、原告上野正美に対し金七六万九、〇〇〇円、原告高田晃一に対し金五一万一、〇〇〇円、原告笠悟に対し金九七万八、〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和五三年九月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの各請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

被告敗訴の場合仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は魚市場における魚類の販売を目的とする株式会社であり、原告らはそれぞれ左記の日時に被告会社に入社し、以来被告会社久留米魚市場の従業員として勤務してきた者である。

原告笠貢 昭和二八年一〇月一三日

同原田 昭和二六年六月一日

同鍋島 昭和三四年四月一日

同上野 昭和四五年一〇月二四日

同高田 昭和四七年一月七日

同笠悟 昭和四三年一一月二〇日

2  原告らの退職

(一) 原告笠貢

(1) 同原告は、昭和五三年八月一九日、被告から、懲戒解雇及び退職金の支給をしない旨の通知を受けた。

その理由は、同原告が被告会社と競業関係にたつ設立準備中の会社の業務に関与し職場の秩序を乱したので就業規則五二条所定の懲戒解雇事由があるというのである。

(2) しかし、右懲戒解雇は後記のとおり無効であるが、同原告としてはこれ以上被告に勤め続ける気持はないので、解雇の効力自体は争わない。

(二) 原告笠貢を除くその余の原告ら

同原告らは、同月二一日、直属の上司たる被告会社久留米魚市場長氷室達夫に退職願を提出し、該退職願は即日受理され、同原告らの退職はいずれも承認された。

3  退職金

以上のとおり、原告らはいずれも被告会社を退職したものであって、被告は原告らに対し退職金を支払うべき義務があるところ、原告らの最終の本俸は、

原告笠貢 一六万四、二〇〇円

同原田 一三万一、九〇〇円

同鍋島 一二万二、五〇〇円

同上野 一〇万三、六〇〇円

同高田 七万九、五〇〇円

同笠悟 一〇万三、七〇〇円

であり、退職金額の計算にあたっては、勤続期間については、被告会社給与規定二六条により見習期間をも含めるべきであるから、原告らそれぞれについて前記1記載の入社日からこれを起算し、同規定により退職金額を計算すると、その額は、

原告笠貢については金七一三万六、〇〇〇円、

原告原田については金七一四万五、〇〇〇円、

原告鍋島については金三四七万七、〇〇〇円、

原告上野については金七六万九、〇〇〇円、

原告高田については金五一万一、〇〇〇円、

原告笠悟については金九七万八、〇〇〇円

となる。

4  よって、原告らは、被告に対し、それぞれ前項の退職金及びこれに対する退職後である昭和五三年九月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。同2(一)(1)の事実は認め、(2)の事実は争う。同2(二)の事実中原告笠貢を除くその余の原告らがその主張の日に退職願を提出した事実は認め、その余の事実は否認する。同3の事実中原告らの最終の本俸額は認め、その余の事実は否認する。なお退職金額の計算にあたっての勤続期間の起算日及び被告の給与規定に基づいて計算した退職金額は、

原告笠貢 昭和二八年一〇月一三日 金七一六万円

同原田 昭和二六年八月一日 金七一六万七、〇〇〇円

同鍋島 昭和三四年一〇月一日 金三四九万二、〇〇〇円

同上野 昭和四六年四月一日 金七七万七、〇〇〇円

同高田 昭和四七年四月一日 金五一万七、〇〇〇円

同笠悟 昭和四四年四月一日 金九八万六、〇〇〇円

である。

2  原告笠貢を除くその余の原告らの退職の効力について

被告は、同原告らの退職願の提出については、これが受理も承認もしていないが、仮に、右退職願の受理があったとしても、被告会社就業規則一四条一号により、退職願提出受理後二週間を経過してはじめて同原告らの退職の効果は発生するものであるところ、被告は、その二週間の経過前に、後記のとおり、同原告らを懲戒解雇に付したのであるから、右退職願提出受理による退職の効果は発生しなかったものというべきである。

3  原告らに対する懲戒解雇の背景

(一) 被告は水産物及びその他の食料品の販売の受託及び買付販売を営むことを主たる目的とする会社であり、本店を福岡市に置き、久留米市に事業所のひとつとして久留米魚市場を有し、久留米市中央卸売市場水産物部卸売業者として農林水産大臣から卸売の業務の許可を受けている者である。

ところで、久留米市中央卸売市場は開場以来長年に亘り、卸売業者を単数とするいわゆる単数制をとり、被告が唯一の水産物部卸売業者であったところ、久留米魚類仲買協同組合(以下「仲買組合」という)から卸売業者変更の強い働きかけがあったことから、開設者である久留米市は、昭和五三年に、久留米市中央卸売市場業務条例を改正して、水産物部卸売業者の数を最高限二とするいわゆる複数制をとることを打ち出し、地元の買受業者の新卸売業者の会社設立の動きが活溌となり、このような競業会社の設立は、被告にとっては、直接に水産物取引高の減少を来たすことになるため、会社業務の運営に影響を与える重大な問題となったものである。

(二) 原告らの地位

原告笠貢は被告会社久留米魚市場(従業員は次長以下二七名)の営業課長の地位にあって、委託出荷された生鮮魚介類の委託業務すなわちせり業務に直接従事し、その責任者であった者、原告原田は営業課長補佐の地位にあってせり業務に直接従事し、その主要な地位にあった者、原告鍋島は営業係長の地位にあって同じくせり業務に直接従事していた者、その余の原告らはいずれも営業課に所属しせり業務に直接又は間接に従事していた者である。

(三) 原告笠貢に対する懲戒解雇事由

前記のように、被告会社と競業関係に立つ会社が設立準備中であったところ、その業務に原告笠貢が関与しているとの風聞が久留米魚市場内外に広がったので、被告は再三にわたり同原告に対し管理職の立場にある者として自重を促したが、同原告は競業会社設立に関連して被告の久留米魚市場の従業員の引き抜き運動をなし、管理職の地位にある者としてふさわしくない行動をとり、業務上の指示命令を無視し、職場の秩序を乱し、会社の信用を失墜したので、被告はやむなく就業規則五二条三号、五号、一一号(五一条六号該当)により、同原告を昭和五三年八月一九日付で懲戒解雇に付したものである。なお、同原告は、競業会社として昭和五四年三月三日設立された株式会社久留米中央魚市場(以下「中央魚市場」という)の取締役に就任している。

(四) 原告笠貢を除くその余の原告らに対する懲戒解雇事由

前記のように原告笠貢が被告会社と競業関係にたつ設立準備中の会社の業務に関与しているとの風聞が広がったので、被告は久留米魚市場従業員全員に、引き抜きの誘惑を排除し、慎重な行動をとり業務に精励するよう訓示し、さらに、昭和五三年八月一九日、原告笠貢の懲戒解雇を発表するとともに従業員に一致団結するよう訓示し、また課長職にあった原告笠貢の懲戒解雇に伴い、職務配置対策を協議したが、その協議には原告原田及び同鍋島も参加していた。

ところが、同月二一日は、就業時間になっても原告ら(原告笠貢を除く)は出社せず、そのため、主要なせり人を欠いたので、当日のせり業務は混乱を来たし、仲買組合員らから厳重な注意を受け、被告会社の信用は甚しく失墜した。ところが、同原告らは同日のせり終了後、そろって被告会社久留米魚市場事務所に出頭し、同市場長氷室達夫に退職願を提出した。氷室市場長は、偶々仲買組合員らの抗議を受けていた最中であったので、話し合いをするから暫く待っているように指示したが、同原告らはその指示に従わず退職願を机上に置いたまま退出した。

その後、同原告らはその行方をくらましていたが、同月二五日、原告笠貢及び仲買組合幹部に付き添われて右事務所に出頭し、氷室市場長に対して辞意を表明したが、同人は同原告らの退職を承認しなかった。

このように、原告ら(原告笠貢を除く)は、被告の再三の訓示を無視し、集団で無断欠勤をし、被告が退職を承認していないことを知りながら、無断欠勤を続け、そのため、せり業務に支障を生ぜしめ、被告会社の職場の秩序を乱し、公共性の強い事業を目的としている被告会社の信用を甚しく失墜させた。そこで、被告は就業規則五二条三号、一一号(五一条六号該当)、一二号(五号に準ずる行為に該当)により、同原告らを同年九月二日付で懲戒解雇に付し、その旨同原告らに通知したものである。なおその後、同原告らは、いずれも中央魚市場の株主となっている。

(五) 以上のとおり、被告は原告らを懲戒解雇に付したものであるところ、被告会社給与規定二四条は、従業員が就業規則五二条により懲戒解雇された場合は退職金を支給しないことがある旨規定しており、被告は、原告らのとった行動、それにより受けた被告の損害、職場に与えた影響等を考慮して、原告らに退職金を支給しないことを決定した。

三  被告の主張に対する認否及びこれに対する原告の反論

1  被告の主張3のうち(一)の事実中「会社業務の運営に影響を与える重大問題となった」との点は不知。その余の事実はすべて認める。同(二)の事実は認める。同(三)の事実中原告笠貢が中央魚市場の取締役に就任した事実は認め(ただし、その後取締役は辞任した)、その余の事実は否認する。同(四)の事実中原告ら(原告笠貢を除く)が退職届を提出した事実、及び昭和五三年八月二五日同原告らが氷室市場長に対し辞意を表明した事実は認め、その余の事実は否認する。同(五)の主張は争う。

2  仮に原告らに何らかの懲戒事由に該当する事実があったとしても、懲戒解雇は解雇権の濫用であって無効である。

(一) 原告笠貢について

被告会社と競業関係にたつ新会社(中央魚市場)の設立の申請が行なわれたのは、昭和五四年三月五日であり、同原告が解雇された時点ではまだ新会社の設立が許可されるかどうかもわからない状態であったし、まだ新会社は発足もしていなかったのであるから、同原告が新会社に就職することなどできないことであるし、ましてや他の従業員に有利な条件を提示して引き抜くことなどありえないことである。したがって、同原告に対する懲戒解雇はその事由となった事実に誤認があり、就業規則所定の懲戒解雇事由が存在しないのになされたものであるから無効である。

(二) 原告笠貢を除くその余の原告らについて

仮に、同原告らの退職について会社の承認がないため退職の要件として退職届提出後二週間の経過が必要であるとしても、その二週間の同原告らの欠勤については、通常の無断欠勤とは異なった配慮がされるべきである。すなわち、氷室市場長は同原告らの退職届を受理するにあたっては別段の異議を述べていないのであるから同原告らにおいて退職が承認されたと解するのは当然である。したがって、同原告らとしては、退職の効果が発生するには二週間を経過することが必要であるとは全く考えておらず、欠勤届を出すべきことも思いつかなかったのである。このような事情のもとで退職願を提出した後の欠勤を単純に無断欠勤だと評価するのは妥当でない。

また、被告会社久留米魚市場には男子職員が多数おり、そのうち、同原告ら以外にも、久留米市が認めたせりを行なう資格を有する者が一三名ほどいたのであるから、同原告らが欠勤しても、せり業務に支障を来たすことはなかったものであり、現に営業は一日も休むことなく続けられているのである。

さらに、被告は、同原告らの行為によって被告会社の信用を失墜したというが、当時は、むしろ、被告の一社独占の卸売体制の改善を望む声が強かったのであって、全体からみれば、同原告らの行為など全く問題にされていない。

以上のとおりであって、同原告らについても懲戒解雇に値する懲戒事由はなく、同原告らに対する懲戒解雇は解雇権の濫用であって無効である。

3  仮に、原告らに対する懲戒解雇が有効であるとしても、退職金を支給しないとの決定は許されない。

すなわち、退職金は「労働の対償」であり、長期の継続勤務の対償であり、その本質は賃金である。しかも、それは退職を不確定期限とする賃金であり、労働契約関係存続中にすでに発生している。すなわち未払賃金の一種である。したがって使用者には退職金を没収する権限はない。たとい、それが懲戒解雇であっても、本来受けるべき退職金の全額を奪われることは、その労働者の生存権を侵害し、公序良俗に反するばかりか退職金の全部又は一部の不払は労働基準法二四条の全額払の原則に違反するものと考えられる。もっとも、懲戒解雇の場合には、企業に対して直接又は間接に相当の損害を与えているのであるから、その損害を補填する意味で退職金の不払が正当化されるとする見解もないではないが、企業が損害を蒙ったのであれば、別途に損害賠償を請求すべきものであり、退職金は退職という事実に基づいて自動的に支払われるべきものである。

また、これを同法九一条の減給制裁の一形態と考えてみても、懲戒解雇にさらに減給制裁を加えることは、苛酷不当な処分であるから、公序良俗に反し無効であるし、その減給額の過大な点でも同法条に牴触する。

以上のとおりであって、退職金を被告の判断で勝手に支給しないことは違法である。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  原告笠貢の請求について

1  請求原因2(一)(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  原告笠貢は被告のなした昭和五三年八月一九日の懲戒解雇の通告は無効であるが、同原告は被告会社に勤務する意思はなく、解雇の効力自体は争わないから、退職金を請求する旨主張するが、同原告に対して被告のなした右懲戒解雇の通告が被告会社就業規則所定の懲戒解雇の要件を充足し、その効力を有することは後記3に説示のとおりであるのみならず、成立に争いのない(証拠略)によれば、被告会社就業規則一四条は、退職について「社員が次の各号の一に該当するときはその日を退職の日とし、社員の身分を失う。1退職を願い出て会社が承認したとき、または退職願を提出して二週間を経過したとき(2ないし6は省略)」と規定していることが認められるところ、同原告が、前記日時以前に、これらの退職の要件を充足したとの事実については、同原告において何ら主張し立証しないから、同原告の右主張は失当たるを免れない。

3  そこで、被告の原告笠貢に対する懲戒解雇の効力について検討する。

(一)  前記被告の主張中3(一)(但し、被告会社に対する競業会社設立の動きが被告会社の業務運営に影響を与える重大問題となった、との点を除く)及び(二)の事実はいずれも当事者間に争いがなく、(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち

(1) 昭和五二年四月ころから久留米市において地元資本の魚市場を設立したいとの気運がおこり、この気運は次第に被告と地元資本会社との複数制構想に発展し、翌昭和五三年三月に久留米市中央卸売市場の運営審議会が水産物卸売業者につき、複数制もやむを得ないと市長に答申し、その結果、同年六月久留米市議会において久留米市中央卸売市場業務条例の改正案が可決成立し、複数制が実現したことから、被告は、被告会社と競業関係にたつ新会社が設立されれば、自社の取引高が減少すると予見し、これを被告会社の業務運営上の重大問題と考えていた。

(2) ところで、新会社の設立にあたっては、資格を有するせり人を必要とするところ、同年六月ころから、被告会社久留米魚市場内で、原告笠貢が被告会社の従業員らに対し、給与の面や株式取得などの点で恩典があるなど申し向けて、新会社への転籍を勧誘しているとの風評がたち、これが被告会社の役員らの耳に這入るようになったので、被告会社久留米魚市場長氷室達夫はそのような動きを封ずべく、同原告の意向を質し、その自重を促すなどしてこれに対処していた。また同原告も、その所属する管理職会の「被告会社の管理職は新会社の問題については市場長に一切を委せる」旨の覚書(<証拠略>)や「新会社の設立に反対し、被告会社と運命をともにする」旨の決議書(<証拠略>)に署名押印するなどして、この風評を否定していたが、氷室市場長が同年八月一八日に従業員数名に確かめ、調査したところ、同原告が率先して従業員の引き抜きを策動している事実を把握したので、同月一九日、被告会社の役員会を開いて、同原告を懲戒解雇にすることとし、また同原告には退職金を支給しないことを決定し、同日その旨同原告に通知した(かかる通知がなされたことは当事者間に争いがない。)。

(3) 同原告の懲戒解雇が被告会社久留米魚市場の従業員らに発売された同日又は翌二〇日に、仲買組合からその余の原告らに対し「久留米市内の料亭「魚重」においで願いたい。」との電話連絡があったので、同原告らは同月二〇日右料亭に赴いた。同料亭には、仲買組合幹部のほか原告笠貢も来ていて、同人らより新会社への移籍を勧誘されたが、結局、原告笠貢を除くその余の原告らは右勧誘に従い五名そろって新会社に移籍するため、被告会社を退職することを決意した。同原告らは被告会社を退職することを決意した以上、被告会社には最早出勤できないとして、翌二一日にはそろって出勤せず、そのため主要なせり人を欠いたので、氷室市場長はせりの資格を有する他の従業員にせり業務を代行させはしたものの、当日の被告会社久留米魚市場のせりはせり人の経験不足のため順調に進行せず、せり業務に支障を来して混乱したため、仲買組合員約一〇名より厳しい抗議を受けた。同原告らは同日のせり業務が終了したころ、同市場事務所に氷室市場長を訪ね、同人に退職願を提出したが、同人がまだ仲買組合員より抗議を受けていた最中であったので、話し合いをするから暫く待つようにと指示したが、同原告らはその指示を無視して、同所から退去し、その足で原告笠貢とともに原鶴温泉に赴き、同所に二泊したが、その費用はすべて同原告において一時立替払いし、最終的には仲買組合において負担した。なお、その後の同魚市場のせり業務は、被告会社の他の魚市場より五名の応援を得て続けられたが、当分の間は、不慣れなため、何かにつけて渋滞し、仲買人に対してかなりの迷惑をかけた。

(4) 他方、新会社の株式会社久留米中央魚市場は、予定より遅れて翌昭和五四年三月に設立されたが、それまでの間、原告らは仲買組合から手当を受けるとともに、新会社発足にあたってはいずれもその株主となった。なお、原告笠貢は右久留米中央魚市場の発起人となったほか、同会社設立後はその常務取締役営業部長に就任した(ただし、その後、取締役の地位は辞任した。)。

以上の事実が認められ、(証拠略)中右認定に反する部分は採用できず、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、原告笠貢が、被告会社久留米魚市場の営業課長という地位にありながら、被告会社と競業関係にたつ新会社設立のために、その相当以前(遅くとも昭和五三年六月ころ)から積極的にこれに関与し、被告会社の業務上の指示命令を無視して仲買組合の幹部らと相通じ、同魚市場の主としてせり業務に従事する従業員の引き抜きを図ってこれを実行した事実を認めることができる。

(二)  そこで、原告笠貢の行為が被告の主張する就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するか否かについて考察する。

(1) 成立に争いのない(証拠略)によれば、被告会社の就業規則中に従業員の懲戒解雇に関し、別紙(略)記載のとおり、被告主張の各規定(五二条三号、五号、一一号(五一条六号該当))の存することが認められる。

(2) そして、原告笠貢の前記の所為は、被告会社の業務上の指示命令を無視して職場の秩序を乱し、その信用を失墜したものであり、ひいては被告会社久留米魚市場の企業としての存立自体を危うくする虞のあるものであって、著しく被告会社に対して背信的なものであるというべきであるから、少くとも被告主張の就業規則五二条三号の懲戒解雇事由に該当し、かつその情状は特に重いものというべきである。しかしてこれを理由としてなされた被告の同原告に対する懲戒解雇は適法かつ有効であるといわねばならない。

(3) この点について、同原告は本件懲戒解雇は懲戒権の濫用であって無効であると主張するが、右の理由により、同原告の所為が懲戒解雇事由を規定した就業規則五二条三号に該当する以上、他に懲戒権の濫用を推測せしめるに足る特段の事情の認められない本件においては、同原告の右主張は採用するに由ない。

(三)  更に進んで原告笠貢の被告に対する退職金債権の存否について判断する。

(1) (証拠略)によると、被告会社給与規定二四条は、退職金の受給資格について、退職金は「次の各号の一に該当する者に対して支給する。但し、就業規則第五二条の規定(懲戒解雇の事由)により解雇された場合は支給しないことがある。1勤続満三年以上の社員が退職するとき、2第二七条(退職金の加算)並びに第二八条(特別退職金)該当者及び勤続三年未満の女子社員が婚姻のため退職するとき、3社員が会社の役員に就任したとき」と規定しており、この給与規定は昭和五二年一〇月一日より施行され、以後これに則って、退職金が支払われていることが認められる。

(2) 原告笠貢は、退職金は「労働の対償」であり、長期の継続勤務の対償であるし、その本質は賃金であるから、使用者には退職金を没収する権限はない旨るる主張する。

たしかに、右に説示のように、被告会社では、昭和五二年一〇月一日以降給与規定に基づいて退職金が支払われており、これが給与制度の一環として理解されてきたことにかんがみれば、被告会社において支給される退職金は、労働者の長年の勤労に対する功労報償的性格のみならず、賃金の後払的性格をも帯有するものと解すべきであるが、被告会社の従業員は前記給与規定二四条但書の事項をも労働契約の内容としているものとみるべきところ、右規定によれば、被告会社において、従業員を懲戒解雇にすることとし、その者に退職金を支給しない旨の決定がなされ、その旨の通知がなされたときは、その者に対する退職金発生の条件はみたされないから、その者の被告会社に対する退職金債権は発生するに由ないものというべきであり、わが国の現状に照せば、そのように解しても右規定が公序良俗に反するものとはいい得ない。

そして、被告会社役員が昭和五三年八月一九日原告笠貢を懲戒解雇に付する旨及び同原告に退職金を支給しない旨の決定をし、即日その旨同原告に通知したことはすでに説示したとおりであるから、同原告の被告に対する退職金債権はついに発生するに至らなかったものといわねばならない。

いま仮に百歩を譲り、前記給与規定二四条但書を前記のように解した場合、この規定が公序良俗に反するものとなるとしても、右規定は、懲戒解雇の場合で、しかも、その者に長年の勤続の功を抹殺してしまうほどの不信行為があった場合にまで退職金を支給しなければならないものと定めた趣旨とは解し得ないところ、同原告の懲戒解雇の事情はさきに説示したとおりであって、同原告の前記所為は、被告会社の職場の秩序を乱し、その信用を失墜させ、ひいては被告会社久留米魚市場の企業としての存立すら危うくしかねないもでのあって、被告会社に対して著しく背信的なものであり、当時同原告が同市場の課長という要職にあったことをも勘案すると、同原告の二五年近くにわたる勤続の功すらも抹殺してしまう程の不信行為と言うべく、被告がこのように認めて退職金を支給しないことにしても、給与規定上委ねられた使用者の裁量権の範囲を逸脱したものとは解し得ず、また、労働基準法の諸規定やその精神に反するものとも考えられない。

(3) 以上のとおりだとすると、原告笠貢の被告に対する退職金債権はその成立を認めるに由ないから、同原告の本訴請求は理由がなく、失当として棄却を免れない。

三  原告笠貢を除くその余の原告らの請求について

1  同原告らが昭和五三年八月二一日被告会社久留米魚市場長氷室達夫に対し退職願を提出した事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、右退職願提出の効果について按ずるに、原告笠貢を除くその余の原告らは同月二一日には定時に出勤せず、同日のせり業務が終了したころ、連れだって被告会社久留米魚市場事務所に氷室市場長を訪ねてそれぞれ退職願を同人に提出したこと、ところが、同市場長は、偶々、仲買組合員より当日のせり業務が混乱したことについて抗議を受けていた最中であったので、話し合いをするから暫く待つようにと指示したが、同原告らはこれを無視して、同所から退出したことはすでに認定したとおりである。

右事実によれば、同原告らの退職願による退職の意思表示は同日被告会社に到達したことが明らかであるけれども、同原告らの主張するように、同日退職の承認があったものとは到底認められない。

3  そして、被告会社就業規則一四条が、従業員の退職に関し「社員が次の各号の一に該当するときはその日を退職の日とし、社員の身分を失う。1退職を願い出て会社が承認したとき、または退職願を提出して二週間を経過したとき(以下2、3省略)」と規定していることはすでに説示したとおりであり、同原告らの提出した退職願について、被告会社が退職の承認をしなかったことは右に認定したとおりであるから、同原告らは、特段の事情のない限り、退職願を提出した日から二週間を経過したときに退職により被告会社の従業員たる身分を失なうものといわなければならない。

4  そこで、被告の原告笠貢を除くその余の原告らに対する懲戒解雇の効力について判断する。

(一)  被告が同原告らに対し昭和五三年九月二日付で懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いなく、(証拠略)によれば、被告会社就業規則中に従業員の懲戒解雇について、別紙記載のとおり、被告主張の各規定(五二条三号、一一号(五一条六号該当)一二号(五号に準ずる行為に該当))の存することが明らかである。

(二)  そこで、同原告らの行為が、被告の主張する就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するか否かについて考察する。

(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) 同原告らは、前記のように被告会社を退職することを決意した以上、最早被告会社には出勤できないとして、昭和五三年八月二一日にはそろって出勤せず、その結果、被告会社久留米魚市場では、当時せり業務を担当していたせり人を欠くこととなり、やむなく、せりの資格はもつが、実務の経験の乏しい他の従業員らを投入してせりを行なわざるを得なくなり、これがため、せり業務に支障を来たして混乱し、せりの所要時間も約三〇分間延引したので、仲買組合員約一〇名から厳しい抗議を受けた。

(2) 同原告らは、前記のように、同日被告会社久留米魚市場事務所に氷室市場長を訪ねて、退職願を提出したが、暫く待っているようにとの同人の指示を無視して同所から退出し、その後は被告に無断で欠勤を続けたため、被告会社久留米魚市場のせり業務は、被告会社の他の魚市場からの支援を得て行なわざるを得なくなり、その業務に支障を来したので、同年九月二日付で同原告らを懲戒解雇に付した。

(3) ところで、従前、被告会社においては、従業員が退職願を提出したのち二週間の出勤をしないまま円満に退職した事例が少からずあり、また同原告らは、就業規則に関する知識が乏しかったこともあって、退職願を提出すれば、直ちに退職の効果が生ずるものと誤信していた。

以上の事実が認められ、(証拠略)中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、同原告らの八月二一日及びそれ以降の無断欠勤により被告会社就中被告会社久留米魚市場におけるせり業務に支障を来たし、一時混乱したことが明らかであり、これがため被告会社の職場の秩序が乱れ、その信用を失墜したことは容易に推認しうるところである。

(三)  そこで、同原告らの右所為が懲戒解雇に値するものであるか否かについて考えるに、先に認定したとおり、同原告らの無断欠勤によって被告会社就中被告会社久留米魚市場のせり業務に支障を来たしたといっても、現実にはせり業務を停止しあるいはこれを縮少せざるを得ないような事態にまでは立到っておらず、せいぜい、代行したせり人が経験不足のためにせり業務が若干延引し混乱したという程度の影響が生じたに過ぎないものであるし、また八月二二日以降の同原告らの無断欠勤については先に認定したような事情もあり、これらの事情を勘案すると、同原告らの所為は、何らかの懲戒事由に該当するとしても、いまだ懲戒解雇に値する程のものではなく、結局、被告の主張する就業規則所定の懲戒解雇事由のいずれにも該当しないものと認められる。

そうだとすると、同原告らに対する本件懲戒解雇は就業規則所定の懲戒解雇事由が存在しないのになされたもので無効であるといわねばならない。

5(一)  とすれば、原告笠貢を除くその余の原告らは、前記就業規則一四条により、退職願提出の日から二週間を経過した昭和五三年九月四日限り被告会社の従業員たる身分を失なったものというべきである。

(二)  そして、前掲(証拠略)によれば、被告会社給与規定二四条は退職金の受給資格について退職金は「次の各号に該当する者に対し支給する。但し就業規則第五二条の規定により解雇された場合は支給しないことがある。1勤続満三年以上の社員が退職するとき(以下2、3省略)」と規定していることが認められ、同原告らは、既に説示のとおり、同条一号に該当し、右の但書に該当しない者であるから、退職の効力発生と同時に、被告に対し退職金債権を取得したものというべきところ、その退職金額が、同原告ら各自についてそれぞれ原告主張の額を下回らないことは被告の自認するところである。

6  以上のとおりだとすると、原告笠貢を除くその余の原告らの本訴請求は、被告に対し、原告原田について退職金七一四万五、〇〇〇円、同鍋島について同三四七万七、〇〇〇円、同上野について同七六万九、〇〇〇円、同高田について同五一万一、〇〇〇円、同笠悟について同九七万八、〇〇〇円、及びこれらに対する同原告らが退職した日の翌日である昭和五三年九月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当である。

四  よって、原告笠貢の本訴請求は全部失当としてこれを棄却し、その余の原告らの請求は右の限度において正当としてこれを容認し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行及びその免脱の宜言について同法一九六条一項、三項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍬守正一 裁判官 岡村道代 裁判官 川合昌幸)

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